トムのざれごと
思いつきブログ。
プロフィール

黒岩 司

Author:黒岩 司
社長:くっきぃ
職人:黒岩 司
性別:男
誕生日:1958年7月26日生まれ
理容師資格:1976年山口県
美容師資格:1979年東京都
1983年:おしゃれサロンTOMを開設
1988年:106(トム)開設〜現在に至る
趣味:競技麻将・映画鑑賞・旅行
TEL〜0837−22−3776
携帯〜090−6412−9464



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万松院
5月17日(日)
祖父母の戒名を持って二人の生まれ育った対馬(大州)に里帰りを敢行した。
美津島町竹敷にある法泉寺
今年〜2月2日に親父方の黒岩姓にしたことで、思いついた墓参だったが…2年前の彦島の家が火災に遭わなければ…多分〜親父と同居も無かったし…まして、名変することも無かったろう
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黒岩家のお墓…
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住職の計らいで祖父方・祖母方の親父の従兄弟と再会することができ、昔話に花が咲き充実した時間が過ごせた。。。
厳原のホテルからの早朝の風景〜
韓国資本のホテルと言うこともあって、自分たち2人以外の宿泊客はすべて韓国の方・・・
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ボランテイアガイド樋口さんの案内で万松院へ、、、
樋口さんはなんと下関出身も〜ビックリまさか同郷の方からガイドしてもらうとは
対馬に来て2年と言うことだったが、詳しく丁寧に案内していただいた
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宗家19代当主〜義智の霊を慰める為に息子…義成が造設〜
義智の戒名から〜万松院と呼ばれるようになった。。。
朝鮮出兵対して義父の小西行長と戦争を回避に努めたが…願いは叶わなかった。
関ヶ原で西軍に付いた行長と義智は???
義父・行長は斬首〜朝鮮との和平条約を締結を急ぐ家康は宗氏の地位を安泰させたが、、、家康の命により正室『小西マリア』との離縁〜
黒田長政や加藤清正にならって東軍でいたなら…???
島左近の墓もあった???対馬出身だったのだろうか???
碧蹄館の戦いで、先鋒隊〜三番隊長だった小早川秀包は久留米城主で毛利元就の9男坊〜5000人兵を率いて戦いに挑んだ…宗義智より一つ年上彼の墓は偶然に下関市滝部の西楽寺で発見。。。
ちなみに秀包もキリシタン大名…洗礼名はシマオ。。。
沢山の方が祀られている厳原八幡宮〜鳥居が並んで二本、雁木が並んで三路!?かなり珍しいと思う。
ここに小西マリアも祀られている。。。
DSC04845.jpg
唯一の失敗はレンタカーを借りなかった事
仏教ゆかりの梅林寺や竜宮伝説の和多都美神社・金田城址などなど、、、かなり見損ねた











豊田種藤『とよたたねふじ』
先日〜墓参を兼ね、祖父母(父方)の戒名を聞きに彦島へ〜
祖父母の生まれ故郷〜対馬に二人の里帰り(竹敷・法泉寺)を計画し5月17・18日に実行予定。。。
その帰り道〜長正司の藤棚に寄ってみた、、、存在は知っていたが行くのは初めて!
変換 〜 変換 〜 変換 〜 DSC04793
豊田氏は一ノ瀬城・長生寺城を本拠とし豊田町を中心に勢力を拡大していった。
鎌倉時代の豊田氏は大内氏、厚東氏らと並ぶ実力であった。。。

南北朝時代〜豊田種長・種藤父子は長門守護を任されていた厚東氏に従って足利尊氏に属するが…
尊氏と弟の直義が争った「観応の擾乱」で厚東氏と対立し、のちに南朝方に転じた大内弘世と歩調を合わせた。。。
その後、弘世が北朝に復帰し、厚東氏と対立した。。。
厚東一族は霜降城(宇部)を捨て、九州に逃れ〜菊池武光の援助で大内氏を撃破し講和を結んだ。。。
これに伴い長門は義武に返還され、霜降城へ戻ることができたものの、これ以降〜厚東一族の消息は途絶えており、この時期が厚東氏滅亡とされている。。。
豊田一族の加担もあったかも???

この頃に菊池氏や大友氏は一時的に没落し〜弘世の時代から大内家は拡大を始めていく。。。
その中で、豊田氏は大内氏に従わざる負えなくなっていったのだろう!?〜。。。

種藤の為に藤を植えたかのような大藤棚。。。
変換 〜 変換 〜 DSC04791
平成12年に愛媛北条市から大寧寺に墓参に来た豊田家では代々、大内家の子孫だ という言い伝えが残っていた。。。
一族の話によると、平成11年の春、紛失していた豊田家系譜が発見され、義隆の子が 愛媛県に逃げ延びて、豊田に姓で子孫を繁栄させたとか???…

大内義隆は1551年に大寧寺で自刃したが、4人の子が居て、、、その一人〜鶴亀は内藤興盛の娘が義隆の側室で産んだ子。。。
1557年に大内氏の家臣らが、鶴亀をもり立て大内家再興を企てたが、毛利氏の家臣に鞍替えしていた内藤隆春に殺されたというのがこれまでの説らしい〜
内藤隆春は亀鶴の実の叔父〜豊田氏の一族として知られる、二神氏『瀬戸内海の二神島に拠ったことで、二神氏を称するようになった』に豊田氏を経由して保護せれたと言う〜

有りうる話かもね!





応永の乱
4月6日(月)
久々に息子(哲平)の住む山口へ・・・・・
何十年振りだろう〜瑠璃光寺にも行ってみた。。。
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義弘の菩提を慰める為に〜弟の盛見が建設・・・
大内家は南北朝の争乱の時代…初めは南朝に付くものの、後〜北朝に帰順して九州の菊池氏らと戦い、幕府から周防国・長門国・石見国・豊前の守護職に任じられ、明徳の乱でも義弘は大いに貢献し、和泉国・紀伊国合わせて6カ国の守護職を与えられた。。。

義弘は地理的な優位さと大内氏は百済〜聖明王の皇子琳聖太子を祖と称して、倭寇の禁圧にも努力し、朝鮮国王からの信頼を受け貿易で巨万の富を蓄えていた。
ここまでは、良かった・・・

財力を有する強大な大内氏の存在は足利義満には目の上のたんこぶ。。。。。

義満は度々義弘へ上洛を催促するが…『上洛したところを誅殺される』との噂が流れ、義弘を不安にさせたらしい〜8年前の明徳の乱では、山名氏が義満の策略にかけられたのを目の当たりにしていたのもあったと思う。。。
結果、、、挙兵し討死した。。。
足利家も一枚岩ではなかった!天皇家からの不満も渦巻いていた。。。
義弘がすぐに上洛して上手く立ち回っていれば、どんな展開になってとのだろ???〜と思う

兄に従って堺の城にに籠城した…弘茂は兄の義弘義満率いる幕府軍の火攻めにあって戦死したため、その軍門に降った。
義満は戦後の大内氏に対する処罰として、
4ヶ国を没収すると同時に、弘茂が義満に臣従することを条件として家督相続と周防国・長門国二ヶ国の所領のみ安堵されたが・・・
本国の留守を守っていた盛見が所領没収に従わずに義満に反抗したため、義満は弘茂に盛見の討伐を命じる。
弘茂は義満や安芸国、石見の諸大名から支援を受けて盛見と戦い、一時はこれを豊前に放逐したが、1401年12月に反攻してきた盛見の軍勢と長府の四王司山城で戦うが敗れ、同じく長府の佐加利山城において討ち取られた。。。
最後は兄弟同士の殺し合いで終結。。。

大内家が終焉を迎えた大寧寺〜昨日は桜も散り加減でちょっと寂しい雰囲気だった。。。
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7世紀〜
3月30日(月)
昨年末に植えたチューリップが咲いた。。。
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体調崩して入院している祖母の見舞いに下関へ〜
その途中〜菊川町の県道沿いに植松古墳が有るのは知っていたが、立ち寄るのは初めて〜
植松古墳は横穴式石室墳群で7世紀のものらしいが、誰の墓かは判らないらしい〜
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7世紀と言えば『聖徳太子』〜本名…厩戸皇子(うまやどのみこ)。。。
彼のじいちゃんは、日本に仏教を受け入れた、欽明天皇〜
彼は〜厩戸の前で出生したことによるとの伝説がある。。。
また、母親の実家で出産したため・・・叔父にあたる蘇我馬子の家で生まれたことから馬子屋敷が転じて厩戸(うまやと)と付けられたという説もあるが、現在のところ生誕地の近辺に厩戸(うまやと)という地名があり、そこから名付けられたという説が有力であるらしい〜。。。
キリストじゃ〜ないし、天皇の子が、、、馬小屋では生まれないよな〜

別名〜豊聡耳(とよとみみ、とよさとみみ)とも言う〜秀吉が豊聡耳をもじり、豊臣姓にしたとの説もあるらしい〜





情けは人の為ならず・・・・・
3月9日(月)
今日も萩〜法務局へ、、、、、
松下 之綱『加兵衛』は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将〜
1538年生まれ、、、、清水宗治と同年生まれ。。。
豊臣秀吉がまだ木下藤吉郎と名乗っていた15才の頃に、三年間〜温情をかけ面倒をみていた人物。。。
その後、、、落ちぶれた之綱を見かねた、秀吉はその恩を忘れる事無く大名に取り立てた。。。

情けは人の為ならず・・・
情けをかけると言う事は他人の為だけでなく、自分の為にも成ると言う事。。。。。
人に親切にすておくと、その報いが自分に帰ってくると言う事。。。。。

萩の松下村塾・・・・・
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松下村塾と松下之綱はまったく関係ない。。。。
松下村塾と言うネーミング〜???ただ、、、単に松本村に塾を作ったからと言う事。。。
萩市内を流れる、、、松本川〜その、近くに松陰神社がある。。。
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